60年の思い

先日、ご依頼頂いた案件は、私の中でとても印象深く忘れられないものになりました。

 お客様は60代の男性、とても穏和な紳士でした。この男性は、ある人の代理で来たと言うのです。ある人というのは、男性と親戚関係の80歳の女性(以下Aさん)で現在入院中の為、出向けないので代理でやって来たとの事でした。

ご依頼の調査内容は、60年前に亡くなったAさんの子供さんのお墓探しでした。

Aさんは、20歳で生まれ育った沖縄本島南部地区から北部地区の男性のもとへと嫁ぎました。今でこそ、その間約100㎞は、2時間ほどで移動出来る距離ですが、当時は簡単に行き来することは出来ません。若いAさんは、とても寂しかった事でしょう。その後、すぐにAさんは妊娠しました。

本来、生まれてくる赤ちゃんは、男女どちらの性別を授かっても喜ばしい事ですが、当時は、一族永存という考え方が根強くあり、跡取りの嫁へは男児の出産を強く望まれました。

そんな周囲からのプレッシャーの中、Aさんのお腹には男の子の命が宿りました。周囲の期待に応えるかのようにお腹の中で順調に成長し、遂にお産を迎えます。

 ところが、この子が元気な産声をあげる事はありませんでした。死産となってしまったのです。そして、Aさんは子供が産めない体になりました。

その上、不幸はこれだけで終わりません。一番責任を感じ、悲しみのどん底で苦しんでいたAさんを、周囲が更に追い込みました。「跡継ぎどころか、子供さえ産めなくなってしまった嫁は用無しだ。」と、すぐにAさんは離縁され、追い払われる様に実家に戻されました。そして、Aさんは亡くなった子供の納骨さえ立ち会えなかったのです。

 数年後、どうしても墓参りをしたかったAさんは、お墓の場所を聞くため、追い出された元嫁ぎ先を訪ね、涙ながらに何度も頭を下げ頼みますが、全く相手にしてもらえず門前払いを受けたそうです。

 月日は経ち、Aさんは新しい人生を歩み年を重ねます。80歳という高齢になり、病気にかかり入院生活になったAさんは、病院のベッドの上でこう思ったそうです。

「最後に息子に会いたい。会って元気に産んでやれなかった事を謝りたい」と。

 この60年間、一時も忘れた事はなかったそうです。Aさんの人生で最大の出来事だったに違い有りません。

 調査の結果、見晴しの良い海沿いにお墓はありました。大きなお墓の片隅に小さな墓標が1つありました。一家の昔の事を知っている数人に聞いたところ間違いなくAさんの子供のものである事が確認出来ました。沖縄では、非業の死や死産の場合は、門中墓の本墓には入れません。本墓の左側につくられた仮墓に納骨されます。その小さな墓標は、綺麗に清められ、ちゃんと供養してもらっている様でした。

 依頼人様に地図と写真を付け報告すると「彼女に良い報告が出来ます」と依頼人様もうっすらと涙を浮かべていました。Aさんは、60年間どんな思いで生きてきたのでしょうか。母親として苦しみ続けてきた心は、墓に眠る息子に会う事で解放されたのでしょうか。謝りたいと言っていたAさん。でも赤ちゃんはきっと、こう言うでしょう。

「会いに来てくれてありがとう。お母さん」と。