夫から妻 妻から夫へ

世の既婚者の男性にとっては、とても悲しい結果となったお話をしたいと思います。

検索サイト「グーグル」で検索項目に「調べたいキーワード(スペース)」と入力すると、検索件数の多いキーワードが一覧で出て来ます。そこで、「妻(スペース)」を入力すると検索数1位が「妻 プレゼント」、2位「妻 プレゼントランキング」、第3位「妻 誕生日プレゼント」となっており、なんとも心温まる様な妻に対しての愛情が感じられる検索結果になっています。

 では逆に、夫に対しての検索結果がどうなっているかと言うと・・・。

ダントツの1位が「夫 しんでほしい」、2位「夫 嫌い」、3位「夫 うつ」と衝撃なキーワードが出て来るのです。上位ではないものの、その他に「夫 死ね」や「夫 死亡手続き」などがあります。

 これはどういう事なのでしょうか。ちなみに、「夫 しんでほしい」のページを閲覧すると殆どが「夫に対しての愚痴」となっていました。子供の世話をしない・酒癖が悪い・ケチ・威張っている・いい加減である等と理由は様々。妻達は日頃、夕飯の料理の味付けを濃い目に作ったり、夫が寝ている時に冷房を最低温度にしたりと、精一杯の仕返しでストレスを発散させている様です。

 これを聞いた男性達は、家庭を守る為に一生懸命外で戦っている夫になんて仕打ちだ!と憤るかも知れません。しかし、男が働くのは当たり前。ただ働いて家で威張っているのは、ただの男です。そんな男より、外では死ぬ気で働き、家庭においても一生懸命妻に尽くし子供から尊敬される。そんな男の方がずっと格好良いですよね。

 ちなみに、こんなデータがあります。世間の主婦が日々行っている主婦業を給料に換算した場合、月給で約20万円程になるそうです。頭が下がりますね。

ある哲学者が「生涯同じパートナーとうまくやっていく秘訣は、相手に対して借りがあると思う事だ」と言いました。たまに人は、自分だけこんな思いをして何故?と相手から受けている恩を見失う時があります。お互いにこの人は自分の為に・・・と感じる事が大切なのかも知れません。そうなればきっと、「グーグル」の検索キーワードも良いキーワードに変わるかも知れません。

 


沖縄本島 震度5弱地震発生

先日2月27日午前5時31分ごろ、沖縄本島近海を震源とする地震があり、沖縄県糸満市で震度5弱を観測しました。

気象庁によると、震源は那覇市の東約50キロ付近で震源の深さは約10キロ。地震の規模を示すマグニチュードは6・9と推定されると発表されました。沖縄本島は、比較的地震活動が少ない地域で震度5以上の強い揺れが観測されたのは1911年以来99年ぶりとの事です。

県からの情報では、27日午前11時半現在、この地震でベッドから床に転落した那覇市の女性(74)と自宅で転倒した浦添市の女性(66)の計2人が病院に搬送されましたがいずれも腰の打撲など軽傷だという事です。

また、うるま市教育委員会によると、世界遺産にも登録されている同市の勝連城跡の石垣の一部が、幅7メートル、高さ6メートルにわたり崩落してしまったようです。

この一世紀、震度5以上の大きな地震がなかった沖縄では、ほとんどの県民は「地震災害は、内地での事」と完全に油断をしていた事でしょう。行政機関や学校、病院などの公共施設では、経験したことのない対応に戸惑い情報収集にも遅れがあった様です。

 翌日の津波警報に対する各行政機関の対応も非常に遅く、住民への通報は不十分でした。

しかし、歴史的にみても沖縄でも過去に大きな地震は起こっています。

直近の大きな地震は、1911年6月15日午後11時25分と1909年8月29日午後7時30分の沖縄本島で起こった地震。震度は定かでありませんが、1909年には死者2名、負傷者13名、石垣崩壊1021ヶ所、家屋全壊7戸、半壊9戸の被害を出しており、1911年には死者1名、負傷者6名、那覇市内の石垣崩壊318ヶ所に及んでいます。双方とも震度5以上であっただろうと言われています。

地震の揺れよりも恐ろしいのが津波です。四方を海に囲まれた沖縄では、地震そのものより、むしろその後に来る津波の被害のほうが甚大になるといえます。1771年の有名な明和の大津波(乾隆大津波)は先島を中心に1万人以上の死者を出しており、これを機に八重山の人口は激減し、その後、王国滅亡まで、ついに津波以前の水準に回復することはありませんでした。

沖縄での自然災害は、進路が予測出来る「台風だけ」との油断があります。

地震のような突発的な災害に対する訓練が全く出来てないのが現状です。

今回の事を教訓にして「備えあれば憂いなし。」を実践しましょう。

 


60年の思い

先日、ご依頼頂いた案件は、私の中でとても印象深く忘れられないものになりました。

 お客様は60代の男性、とても穏和な紳士でした。この男性は、ある人の代理で来たと言うのです。ある人というのは、男性と親戚関係の80歳の女性(以下Aさん)で現在入院中の為、出向けないので代理でやって来たとの事でした。

ご依頼の調査内容は、60年前に亡くなったAさんの子供さんのお墓探しでした。

Aさんは、20歳で生まれ育った沖縄本島南部地区から北部地区の男性のもとへと嫁ぎました。今でこそ、その間約100㎞は、2時間ほどで移動出来る距離ですが、当時は簡単に行き来することは出来ません。若いAさんは、とても寂しかった事でしょう。その後、すぐにAさんは妊娠しました。

本来、生まれてくる赤ちゃんは、男女どちらの性別を授かっても喜ばしい事ですが、当時は、一族永存という考え方が根強くあり、跡取りの嫁へは男児の出産を強く望まれました。

そんな周囲からのプレッシャーの中、Aさんのお腹には男の子の命が宿りました。周囲の期待に応えるかのようにお腹の中で順調に成長し、遂にお産を迎えます。

 ところが、この子が元気な産声をあげる事はありませんでした。死産となってしまったのです。そして、Aさんは子供が産めない体になりました。

その上、不幸はこれだけで終わりません。一番責任を感じ、悲しみのどん底で苦しんでいたAさんを、周囲が更に追い込みました。「跡継ぎどころか、子供さえ産めなくなってしまった嫁は用無しだ。」と、すぐにAさんは離縁され、追い払われる様に実家に戻されました。そして、Aさんは亡くなった子供の納骨さえ立ち会えなかったのです。

 数年後、どうしても墓参りをしたかったAさんは、お墓の場所を聞くため、追い出された元嫁ぎ先を訪ね、涙ながらに何度も頭を下げ頼みますが、全く相手にしてもらえず門前払いを受けたそうです。

 月日は経ち、Aさんは新しい人生を歩み年を重ねます。80歳という高齢になり、病気にかかり入院生活になったAさんは、病院のベッドの上でこう思ったそうです。

「最後に息子に会いたい。会って元気に産んでやれなかった事を謝りたい」と。

 この60年間、一時も忘れた事はなかったそうです。Aさんの人生で最大の出来事だったに違い有りません。

 調査の結果、見晴しの良い海沿いにお墓はありました。大きなお墓の片隅に小さな墓標が1つありました。一家の昔の事を知っている数人に聞いたところ間違いなくAさんの子供のものである事が確認出来ました。沖縄では、非業の死や死産の場合は、門中墓の本墓には入れません。本墓の左側につくられた仮墓に納骨されます。その小さな墓標は、綺麗に清められ、ちゃんと供養してもらっている様でした。

 依頼人様に地図と写真を付け報告すると「彼女に良い報告が出来ます」と依頼人様もうっすらと涙を浮かべていました。Aさんは、60年間どんな思いで生きてきたのでしょうか。母親として苦しみ続けてきた心は、墓に眠る息子に会う事で解放されたのでしょうか。謝りたいと言っていたAさん。でも赤ちゃんはきっと、こう言うでしょう。

「会いに来てくれてありがとう。お母さん」と。

 


別れるためなら、何をしてもいいのか

ヤフーが、「別れさせ屋」の広告掲載中止を発表しました。

今、大きな問題になっている「別れさせ屋」。()日本調査業協会が調べた結果によると、非加盟員の約270社が、インターネットによる「別れさせ工作」の依頼を募っていました。勿論、(社)日本調査業協会の加盟員の中にはそんな業者はいません。当協会では、「別れさせ屋」が出没し始めた時期から「禁止業務」として全加盟員に徹底してきました。

「別れさせ屋」とは、浮気をしているパートナーとその相手を別れさせる為に、また、依頼者自身がパートナーと簡単に別れる為の「工作」を依頼者から請け負う業者のことです。「相手に恨まれずに上手に別れる事が出来る」等、業者の広告内容からすれば、あたかも合理的なDV防止策の様にも見えますが、この「工作」に大きな問題があるのです。業者に雇われたエージェントなるスタッフが相手に近づき、相手を騙し、恋愛感情を抱かせ、目的達成後に相手を裏切る。この人の心を弄ぶ行為は、明らかな違法行為(公序良俗違反)です。

今回、ヤフーがこの措置に踏み切った背景には、この「別れさせ屋」の元工作員の男性が、殺人罪の容疑で公判中であることや、この「恋愛工作」と言う卑怯な行為に批判が高まっているからです。

事件の概要は、「別れさせ屋」の元工作員の男性が、「工作」によって対象女性に近づき関係を持ち、その現場写真を証拠に離婚を成立させたが、その後もこの女性と交際を続けていた。ところが、これが工作であった事が女性に知られ、別れ話となったが、その別れ話に腹を立てた男が、女性の殺害に及んだとされています。この事件の発端は女性の夫が、女性と別れる口実を作る為に「別れさせ屋」に依頼したことです。

著名人に対するハニートラップと言われるいわゆる「色仕掛け」を請け負う業者も同様です。人を騙す目的で「仕事を請け負う事」は、全てが違法行為なのです。

しかし、根本的には「恋愛事すら人任せにする」当人に問題があります。縁があって知り合い熱烈に交際を深めた二人なら別れる時にも、自分の都合の良い別れ方を一方的に望むのではなく、相手の気持ちを尊重しながらお互いが納得出来るまで根気よく、とことん時間を掛けるべきだと思います。   それが恋愛した二人の責任です。別れの苦悩も誠実に受け止めるべきです。

昨今の即席(薄情)の恋愛と簡単な別れを繰り返す風潮が、不幸を招くのではないでしょうか。もっと時間を掛け熟成させた素晴らしい恋愛をして欲しいものです。

 


新時代へ

最近、「アバター」という映画が、世界的な大ヒットで反響の大きさが連日報道されています。自称映画通の私は、公開初日に観てきたのですが・・・CMの宣伝文句にも使われているように、映画はついに「想像力の向こう」に来ました。現実の映像とCGの境目が全く分からず、あまりのリアルさに開始数分間は目と頭が混乱しました。しかし、徐々に映画の世界に引き込まれ、そこに自分自身がいるような感覚になりました。オープニングからラストまで飽きさせないストーリー。近年では最高の一本だと思います。

 映画史上もう破られる事はないであろうと言われた、あの「タイタニック」の歴代世界興行収入184800万ドルをあっさりと抜き、まだ尚、記録を伸ばし続けています。

 ただ、この「アバター」が驚異的な記録を残している要因として、3Dの同時上映が大きく影響しているのです。3Dとは、特殊なメガネをかけると映画が立体的に見えるというものです。よく、テーマパークや遊園地などでアトラクションとして使用されていますが、この3Dが大ヒットを生んでいると言っても過言ではありません。実際に、鑑賞した客の7割以上が3Dでアバターを観ています。

 この大ヒット作の監督は、ジェームス・キャメロン監督ですが「タイタニック」の監督も彼です。「エイリアン2」「ターミネーター2」「タイタニック」と数々の名作を世に出してきたキャメロン監督ですが今回の作品で、「映画の新時代」をみせてくれました。

 そんなキャメロン監督の次回作は、日本が舞台となるそうです。広島と長崎への原爆投下を題材にしたノンフィクション映画ということです。

 先日14日、広島と長崎の原爆の両方を体験し、世界で唯一「二重被爆者」として公式に認められた、山口彊(やまぐちつとむ)さんが93歳で亡くなりました。山口さんは194586日に当時出張先だった広島で一回目の原爆で被爆しました。重度の火傷を負い、重傷の体で地元の長崎に戻ります。そして9日、今度は長崎で被爆しました。

山口さんは、「自分の悲惨な体験が後世の平和への教訓になればいい」と生前中ずっと語っていました。戦争の悲惨さ、原爆の恐ろしさを伝える為、アメリカに渡り各地で演説会を開催してきました。しかし、病魔に冒され、長崎の病院で闘病生活に入ります。痩せて、話す事もままならない山口さんでしたが、どうしても会っておきたかった人物がいました。キャメロン監督です。その願いが通じ、キャメロン監督が山口さんの元を訪問しました。そこで、短い会話を交わしたそうです。

その会話に、山口さんは自分の願い・意思の全てを伝えました。「あなたの作品で世界を平和にして下さい。」と。その10日後、山口さんはこの世を去りました。

キャメロン監督は、山口氏の意思に沿える作品を作りたい。天国の山口氏へ捧げる。と言葉を残したそうです。

 「映画の新時代」を造りだしたキャメロン監督。次回作では、どの様な「平和の新時代」を導き、世界の人々に伝えてくれるでしょうか。

 


夢の国「東京ディズニーランド」

新しい年が明け、2010年となりました。今年こそは景気が回復するのでしょうか。こんな不況と連動し、リゾート産業も氷河期を迎えています。シーガイアやハウステンボスでは、しばらく赤字状態が続いているようです。他のリゾート施設も殆ど同じ状態です。しかし、「東京ディズニーランド」だけが確実に入場者数を増やしています。東京ディズニーランドは97.5%のリピート率を誇っています。つまり「ここに初めて来た」と言う人は年間で3パーセントも満たないのです。そして10回以上を超える来場者が6割もいるらしいのです。お土産だけの売上で、年間675億円にもなるそうです。

 では、なぜこの不況時に東京ディズニーランドだけ来場者が多いのでしょうか?
 「マニュアルを越えたところに感動がある」と東京ディズニーランドの母体である株式会社オリエンタルランドの相談役・堀 貞一郎顧問がこんな話をしていました。
 東京ディズニーランドにある若い夫婦が来ました。園内のレストランで彼らは、お子様ランチを注文したのです。お子様ランチは9歳以下とメニューに書いており、子供のいないカップルにはマニュアルでお断りする種類のものです。当然、「恐れ入りますが、ここのメニ ューにも書いておりますが、お子様ランチはお子様用となっておりまして、大人の方には少し物足りないかと思われます・・・」というのがマニュアルです。
しかし、アルバイト(キャスト)の青年は、マニュアルから一歩踏み出して尋ねました。
「失礼ですが、お子様ランチは誰が食べられるのですか?」
「実は・・・死んだ子供のために注文したくて」と奥さんが答えました。
「亡くなられた子供さんに・・・」とキャストは絶句しました。
「私たち夫婦は子供がなかなか産まれませんでした。求め続けて、やっと待望の娘が産まれましたが、体が弱く一歳の誕生日を待たずに神様のもとに召されたのです。子供の一周忌に、いつかは子供を連れて来ようと話していたディズニーランドに来たのです。そしたらゲートのところで渡されたマップに、ここにお子様ランチがあると書いてあったので思い出に・・・・」 そう言って夫婦は目を伏せました。
キャストは「そうですか。では、どうぞ召し上がってください」と応じました。そして「ご家族の皆さま、どうぞこちらのほうに」と 四人席の家族テーブルに夫婦を移動させ、それから子供用のイスを一つ用意しました。そして「子供さんはこちらに」と、まるで亡くなった子供が生きているかのように小さなイスに導いたのです。しばらくして運ばれてきたのは三人分のお子様ランチでした。キャストは「ご家族で、ごゆっくりお楽しみください」と挨拶してその場を立ち去りました。若い夫婦は失われた娘との日々をかみしめながらお子様ランチを食べました。
このような行為はマニュアル破りの規則違反です。しかし、東京ディズニーランドは彼の行動を誰もとがめません。マニュアルは基本でしかありません。それを越えるところに感動が潜んでいるのです。

後日、この夫婦から手紙が届きました。
「お子様ランチを食べながら、涙が止まりませんでした。まるで娘が生きているように家族団らんを味わいました。娘との家族団らんの体験を東京ディズニーランドでさせていただけるとは、夢にも思いませんでした。これから、二人で涙をふいて生きていきます。また、ディズニーランドに必ず行きます。今度はこの子の弟か妹を連れて、きっと遊びに行きます」という内容でした。
 ディズニーランドの産みの親であるウォルト・ディズニーが、ディズニーランドに求めたもの。それはお客様が映画の世界に入り込み、一緒に感動を作り上げていくことでした。だから東京ディズニーランドではお客をゲスト(共演者)と呼び、従業員をキャスト(出演者)と呼びます。キャストはいつも感動を探しています。
 人を感動させるところには、人が集まります。キャストのメンバー自身も、人に喜んでもらえることで 自分の存在価値を感じています。だから彼らは自発的なのです。それが生きていることへの確認になります。誰かに親切にすることで「ありがとう」や「笑顔」が返ってくる、それがやりがいと生きていることへの実感につながるのです。

業種は全く違いますが、我々調査会社もサービス業です。悩み苦しんだ末ご依頼頂いたお客様の「今より明るい未来のために」真実の調査に全力で取り組みます。

 


今年のメジャーリーグ

今年のメジャーリーグは、松井秀喜選手が所属するニューヨークヤンキースが見事ワールドシリーズを制し、松井選手は日本人メジャーリーガー初となるワールドシリーズMVPに選ばれました。ヤンキースは、松井選手が入団して初めての優勝でした。

ワールドシリーズ決勝を戦った相手は、ロサンゼルスエンゼルス。残念ながらヤンキースに敗れてしまいましたが、このチームには今年、どうしても負けられない強い気持ちがありました。それは、シーズン途中で逝ってしまったチームメイトとの約束でした。

エンゼルスには、開幕から期待を集めていた若手投手がいました。彼の名は、ニック・エイデンハート。2004年の入団当時から注目されており、初戦でいきなり勝利投手になります。さぁこれからだ、という彼に突然、悲劇が起きます。49日、エイデンハートら4人が乗った車が交差点に差し掛かった時、信号を無視してきた赤いミニバンが時速80㎞で交差点に突っ込み、エイデンハートらが乗っていた車に衝突しました。ミニバンの運転手は現場から逃走。一方、エイデンハートらが乗っていた車は、運転していた20歳の女性と25歳の男性が即死。エイデンハートら残り2人は病院に搬送されましたが、エイデンハートも緊急手術の甲斐なく亡くなってしまったのです。

 この日のエンゼルス戦は中止。エイデンハートをいつも可愛がり弟のように接していた、トリー・ハンター選手がこんな言葉を言いました。「ここにいる人間の多くは肉親を亡くした経験がない。こんな事故が起こったことは残念だ。だが、これも人生の一部。これが現実だ。俺たちが、毎日朝起きた時や仕事に行く前、子供たちや家族にキスをするのはこういう理由なんだ」と。

 翌日の試合前、追悼セレモニーが行われ、ファウルラインには両チームの選手が整列し、マウンドにはエイデンハートのユニフォームを持ったハンター選手が立ち、黙祷を捧げました。エンゼルスのクラブハウスにあるエイデンハートのロッカーは、彼が生きていたときのまま残され、選手が着用するユニフォームの胸部にはシーズン中、エイデンハートの背番号34をあしらった喪章がつけられました。エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイムの中堅フェンスには、投球するエイデンハートのモノクロ写真が彼の名前と背番号と共に設置されました。そしてこの年、エンゼルスは圧倒的強さで西地区優勝を果たしました。選手たちは試合に勝ち優勝が決まったあと、選手たち全員で外野のエイデンハートのモノクロ写真にタッチをしに行きます。シャンパンファイトの時には、選手はエイデンハートのユニフォームにもシャンパンをかけ喜びを分かち合いました。

そして、臨んだワールドシリーズでは、残念ながら松井選手の活躍により惜敗してしまいました。しかし、先日、このエンゼルスに松井選手の移籍が決定しました。エイデンハートの意思を継いで、松井秀喜選手は来期エンゼルスで活躍し、きっと優勝してくれる事でしょう。

 何が起こるか分からないこの世の中。日頃から誰かに対する愛情の表現、感謝の気持ちを伝える事ができるのは、人間だけに与えられた唯一の特権なのかもしれません。

 私も家族や友人など身近な人々だけではなく、もっと広く大きく感謝の念が持てる人間になりたいと思います。

 


平成21年度第7回実務教育研修会

12月3日、福岡市博多区にある福岡国際会議場にて「社団法人日本調査業協会」主催、九州調査業協会所管・沖縄県調査業協会が協賛する平成21年度第七回実務教育研修会が行われました。

 目的として、各探偵会社への探偵業法や消費者契約法等の周知徹底、違反事例に基づく対応策などの解明を図る事で消費者の皆様が安心して調査依頼を出来る業界作りを目指す。というコンセプトをもとに開催されました。

これは、(社)日本調査業協会加盟員及び非加盟員を対象に行われました。九州・中国・四国・沖縄地区から95社が集まり、総勢120人を超える参加者となり大成功を収めました。しかし、残念ながら沖縄から参加した業者は私共を含め二社のみ。沖縄には四十数社の探偵業者が存在します。今回は福岡での開催ということも有り、参加は難しいという事もあったと思いますが、たった二社のみというのは沖縄の調査会社が本当に、消費者の皆様に安心して頂ける業界作りができるのだろうかと懸念を抱きました。

 研修会では、講師に福岡県県警本部生活安全部生活安全総務課係長である羽岡慶太氏による「探偵業法関連事案について」や、福岡県消費者生活センター企画監の長澤正之氏より「消費者契約法と調査契約」の講義があり、その後に(社)日本調査業協会教育委員長である松本耕二氏による「探偵業法の解釈と運用」等といった講習が行われ非常に貴重な勉強会となりました。

 私共は信用が第一の業界であります。しかし、素人探偵が多く存在し消費者からの苦情やトラブルの相談は絶えません。多額の料金を請求され困っている。報告書を提示してくれない。報告に虚偽があるなど様々な苦情があります。お客様の絶対の信頼を得る為には、調査会社が団結して倫理観の向上やルール作りが必要ではないかと思います。

私も今回初めて参加させて頂きましたが、各地の先輩協会加盟員の方々と交流が出来ました。色々な業務に関するお話も聞くことが出来、大変勉強になりました。今後も各地で催される講習会や研修会に多くの方々が積極的に参加することで、沖縄県の調査会社全体のレベルアップが図られる事を。

そしてよりよい業界作りを目指して行けたらと願います。   調査員S

 


新しい友情

 先日、中学時代の友人の女性がめでたく結婚と言う事で披露宴が行われたので出席してきました。同席したのは勿論、皆同級生。懐かしい顔ぶれが揃ったなと思っていると、一人遅れてやってきた見知らぬ小柄な男が同じテーブルに着席しました。すると私に「久しぶり」と声をかけてきました。誰か分からなかった私でしたが、思い出せないまま「久しぶり」と返事をしました。しばらくして、別の友人女性が男の名前を呼んだ時、ハッと気付いたのです。実は彼は、男ではなく女の友人だったのです。見た目も性別も男になった女友達でした。

 皆さんは性同一性障害という障害を聞いた事がありますか。生物学的に言うと、男女のどちらか一方の身体を持つが、本人自身の体と心の性別が一致せず、自分の意志では変えられない自己意識です。目に見えない障害という事もあり、なかなか家族や友人にも相談できず社会の対応もとても冷ややかなもので、偏見や差別を受ける事もあるようです。しかし、当人にとっては相当な苦しみになっているようなのです。

 私の中で、彼は何とも言えない程の明るい笑顔が印象的でした。きっと彼も、周囲からの冷たい視線、親とのぶつかり合い等、誰にも相談出来ず悩んだ苦しい時期があったことでしょう。しかし今の彼は自分自身に自信を持ち今が楽しくて仕方がないといった顔をしていました。きっと、誰よりも悩み苦しみ涙を多く流した分、人より明るく笑えるのだろうなと思い、彼を少し羨ましく思いました。

 今度、男同士飲みに行こうと約束を交わし別れました。初めは戸惑いましたが、男が女になろうと女が男になろうと友情には関係ないですね。むしろ男同士になった事でもっと身近になれた気がします。これからも今までに無かった男の友情を大切にしたいと思います。          調査員S


ウルトラマンから私たちへ

皆さんは、幼い頃に憧れたヒーローや人物がいますか?男性ならタイガーマスクや仮面ライダーといったヒーローに一度はなりたいと強く思った時期がある事でしょう。

ヒーロー物と言えば、正義が悪の組織と戦い、地球の平和を守るというのが主流ですが、ただ単に悪者を倒し再び平和を取り戻した、つづく。というだけでもないのです。 必ず何かしらのメッセージが込められているのが、ヒーロー物なのです。

私が一番好きだったヒーローは何と言っても「ウルトラマン」。再放送ではありましたがテレビにしがみつき観ていた事を覚えています。実はこのウルトラマンにもメッセージがあり、沖縄と深い関わりがあるそうなのです。それはウルトラマンと対決をする怪獣の名前を見ていけば明らかです。

まず「チブル星人」は、頭の大きな怪獣ですが、沖縄の方言で頭の事を「チブル」と言います。そして「ザンパ星人」は、沖縄の読谷村にある観光地で有名な「残波岬」から付けられたと言われています。最後に、あの有名な怪獣「キングジョー」です。これは沖縄に非常に多い名字である「金城」から付けられたのです。その昔、沖縄に駐留している米軍人が「金城」という名字を冗談交じりに、キングジョー!キングジョー!と実際に言っていたそうです。

しかしそれが何故、ウルトラマンの怪獣の名前に取り入れられたのでしょうか。それは、第一期ウルトラシリーズを企画し、脚本面から支えた作家として「金城哲夫」という沖縄県南風原町出身者がいたからなのです。更に、ウルトラマンの星である「M78」は、〈M→南〉で〈78→那覇〉で沖縄を指しているとういう説もあります。ウルトラマンは沖縄から誕生したと言っても過言ではありません。

ウルトラマンの最終回にこんな場面があります。戦いに疲れ切ったウルトラマンが怪獣にひどくやられピンチになるのです。そんな姿を見たウルトラ警備隊の隊員が「自分たちの星は、自分たちが守らなければいけないんだ」と言うのです。それは、戦時中も戦争が終わった今も尚、日本の為に多くの犠牲を払ってきた沖縄に対してのメッセージなのだそうです。

本土復帰から何十年という月日が経ちましたが米軍が引き起こす事故、軍人が関わった事件。沖縄に本当の平和がやってきているとは思えません。

いつまで待てば国は解決の道を開くのでしょうか。米軍基地の移設は現実となるのでしょうか。ウルトラマンが伝えたメッセージのように、私たち自身で、本当の平和を手に入れなければならないのかも知れません。

                                       Sより


那覇空港-アジアのハブ空港

2009年10月から那覇空港で本格的な国際貨物事業が始まりました。国内外の貨物を那覇に深夜に集約し振り分けた上で、早朝には各目的地に届けるそうです。

沖縄は地理的に日本とアジアのハブ(拠点)として機能すると期待されています。

定着すれば、沖縄の特産品を海外に広める大きなチャンスです。市場として注目されているのは「香港」です。香港は近年、経済成長を続け、富裕層が増えています。彼らには、日本の食材は「安心・安全」とのイメージが浸透していて、高所得者層は比較的高価な食材でも購入するそうです。親族でパーティーをしたり、贈答の習慣が多い為、その際に日本の品を用いる事が、一種のステータスにもなっているようです。

「健康・長寿」という沖縄の付加価値が加われば、香港の人達が注目するのではないでしょうか。是非、沖縄の特産品をアピールして広めたいですね。

 


長命草

「1株食べると1日長生きする」と言われ、沖縄では昔から食べられている「長命草」(和名ボタンボウフウ)。

古くより喘息、肝臓病、高血圧、動脈硬化などに効くと言われていたそうですが、栄養学的にも体の酸化を防ぐ成分カロチン、ビタミンC・Eや食物繊維、ポリフェノールなどを含んでいる事が確認されているそうです。

沖縄県与那国島では海岸などに多く自生している長命草を使って、島おこしをする動きがあります。長命草がドリンクやサプリメントとして発売されるようになり、大手の化粧品会社と契約して、長命草を栽培している農家もあるそうです。

長命草そばやお茶などの加工食品も開発されているそうですから、これからさらに色々な可能性のある野菜ですね。

 


沖縄への修学旅行「民泊」

 沖縄は北海道や京都と並び、全国でも人気の修学旅行先です。

 最近増えているのが、生徒が一般家庭に泊る「民泊」だそうです。県内では伊江島が2002年に民泊の受け入れを始めました。初年度は3校約400人だった受け入れが、今では年間2万人以上といいます。読谷村でも受け入れを始めているようです。

 民泊では、一緒に料理をしたり、畑の収穫の手伝いをしたりと実際に沖縄の文化・生活にふれる事ができます。一般家庭によるもてなしは生徒にとても好評で、後日、生徒が自分の家族と再び訪れる事もあるそうです。

 旅行先では、観光だけでなく現地の人々との交流も心に残るものです。うちなーんちゅの「いちゃりばちょーでー」の心が多くの人に伝わり、沖縄旅行のリピーターになって欲しいですね。


コンクリート診断士

 2009年9月に浦添市にあるアパートの廊下が抜け落ちてしまった事は記憶に新しいと思います。沖縄は台風が多いため、丈夫なコンクリート造りの家が多いのですが、海に囲まれているため塩害に気を付けなければなりません。

今回の事故は、建物の建築時期にも問題があったようです。1970年代の全国的な建設ラッシュに加え、沖縄では海洋博覧会開催に向けてコンクリート材料の需要が急増したそうです。そこで当時、コンクリートの材料に海砂を使用したのですが、塩分をしっかり除去しないまま建設に使用してしまった様なのです。そのため鉄筋がさびやすくなり、ひび割れや今回のような崩壊に至ってしまったようです。
人が生活する建物は第一に安全であってほしいもの。この年代に建てられた建築物の安全性の確認を急いでほしいですね。
2001年から社団法人日本コンクリート工学協会においてコンクリート診断士という制度が新設されました。まだ、法で定められた資格ではないようですが、その能力を証明するものであり、調査・診断業務に従事する技術者にとっては、必須の資格だと言えるでしょう。
同様に探偵業務・調査業務・興信業務を行う我々の業界でも2007年に業務に関する法律は施行されましたが、今は、まだ、従事者に対する資格制度はありません。
そこで、社団法人日本調査業協会においても2010年6月の法改正に先駆け来春には探偵業界「資格認定試験」を実施する予定です。そして、合格者に与えられる資格は、業界は違いますがコンクリート診断士と同様に探偵業界で責任ある業務を遂行する為には必須の資格になると考えられます。弊社も社員一同、この社団法人日本調査業協会が実施する「資格認定試験」合格を目指し努力致します。

伊平屋ムーンライトマラソン

 沖縄県の有人島の最北端である伊平屋島は、「古事記」の中の「天の岩戸開き」伝説の場所として有名です。太陽神アマテラスが、暴れん坊の弟に怒り天の岩戸(洞窟)に引きこもってしまい、世界が闇に包まれてしまいます。困った神々はアマテラスの気を引くため、岩戸の外でお祭り騒ぎをします。様子が気になったアマテラスが岩戸を開けた隙に外へ引っぱり出し、再び世界に光が戻るというお話です。

 この神話の「天岩戸と呼ばれる場所」は日本にいくつかあります。その最南端に存在するのが伊平屋村にある「クマヤ洞窟」です。 また、公式マラソンとして日本で唯一認められているナイトマラソン「伊平屋ムーンライトマラソン」も有名です。今年は10月31日に開催されます。月明かりの下、伝説の島を走るのは、とても幻想的でしょうね。


モンドセレクション

 最近よく「モンドセレクション金賞受賞!」というニュースや商品パッケージを目にしませんか。「モンド・セレクション」はお菓子の品質向上を目的に、ECとベルギー経済省が1961年に開始した審査だそうです。その後は食品分野全般を対象にするようになり、「食のオリンピック」「食のノーベル賞」とも例えられます。世界各国の食品メーカーから毎年1000種類以上の商品が応募され、受賞すると世界に通用する商品に認定されたと言えるでしょう。

 沖縄県からは紅芋タルト、雪塩ちんすこう、ぬちまーす、泡盛残波やもろみ酢などが金賞を受賞しています。私たちの身近な商品が、世界で評価されるのは大変喜ばしいですね。


沖縄そばの日

 10月17日は沖縄の県民食「沖縄そばの日」です。現在は日常的に食べられている沖縄そばですが、琉球王朝時代は高価な小麦を使用している為、宮廷でのみ食されていたそうです。

 そば粉を使わない沖縄そばは、「そば粉を30%以上使用していなければそばとは認められない」という全国生めん類公正規約により、本土復帰後はその名称の使用が禁止されていました。しかし長年親しんできた「沖縄そば」の名を存続させるための運動により、昭和53年10月17日に公正取引協議会から正式に認定されました。この日を記念して平成9年に「沖縄そばの日」が制定されたそうです。

沖縄そばは地域ごとに特色があります。「八重山そば」「宮古そば」「与那原そば」など食べ比べをして、お気に入りを見つけてみてはいかかでしょうか。

大綱挽き

 今週末の3連休に那覇祭りが開催されます。祭りの目玉は、2日目に行われる大綱挽きです。使用される綱は、「わらで製作された世界一の綱」として1996年にギネス認定されました。「全長186m、重量40トン220kg」という数字で認定されたのですが、綱は毎年大きさを更新しているそうですから驚きです。綱には7m位の小さな手綱が200本以上も取り付けられ、2万人近くの参加者が引っ張ります。

 那覇大綱挽きの伝統は400年以上も続き、第二次世界大戦の間だけ中断されましたが、その後すぐに復活したそうです。綱は家内安全、無病息災の御利益があるともいわれ、綱挽きの後は多くの人が綱を切って持ち帰ります。東西に分かれて、30分以内に5m引いた方が勝ちです。今年も熱気のある綱挽きになるでしょうね。


スポーツ

 スポーツの秋です。沖縄県民は短い距離でもマイカーを利用すると言われており、運動不足の方も多いのではないでしょうか。健康やダイエットのため運動は大切です。

 最もカロリー消費が高いスポーツは水泳だそうです。水中は水の抵抗があるので、陸上より短時間でカロリーを消費します。また浮力で足腰への負担が軽減されるので、腰痛のある方や肥満の方の運動にも適しています。普段は下半身に偏っている血液が、水圧によって全身に広がり心臓の働きも活発になるそうです。泳ぎが苦手な方でも、水中ウォーキングやアクアビクスなどでエクササイズできます。

 暑さの和らいできたこの季節、ジョギングをする人も増えてきました。自分のペースでスポーツの秋を楽しみたいですね。


十五夜

 10月3日はお月見です。旧暦8月15日(十五夜)に満月を鑑賞する習慣は中国から伝わったそうです。旧暦8月15日を中秋と呼ぶため「中秋の名月」とも言われます。

 月見の日には、お団子やお餅(中国では月餅)、ススキなどをお供えし、月を愛でます。また古くから沖縄の農村では豊作を祝う行事とされ、この日を前後に豊年祭りが行われる地域もあるそうです。組踊り、獅子舞、綱引き、宮古のクイチャー踊りなどです。沖縄では本土のようなお団子ではなく、フチャギ(小豆をまぶしあっさりとした塩味で味付けされた餅)を仏壇や火の神(ヒヌカン)にお供えします。

 十五夜には綺麗な満月が見られるといいですね。


沖縄の米寿「トーカチ」

 日本人の平均寿命は世界でトップクラスですが、国内でもとりわけ沖縄県は長寿県として有名です。

 長寿のお祝いの一つ米寿は沖縄では「トーカチ」と言われます。旧暦8月8日に行われ、今年は9月26日にあたります。トーカチは斗掻(米の升切りに使っていた竹棒)の方言です。米寿のお祝いに升に盛ったお米に斗掻を立てておき、来てくれたお客様に1本ずつ配っていたことに由来するそうです。

 お祝いに来た客は、トーカチの主役から、一つまみの塩(あやかりマース)を手のひらにのせてもらい長寿にあやかります。お年寄りを敬い、血縁関係を大切にする沖縄では、トーカチは親戚や知り合いなど大勢招き、盛大に行います。このような素晴らしい風習をこれからも代々継承していきたいものです。


シルバーウィーク

 今年の9月には5連休があります。ゴールデンウィークに対して「シルバーウィーク」と呼ばれるそうです。この連休中に旅行される方も多いでしょう。

 沖縄県は日本でも有数の観光地です。特に本部町にある国営海洋博記念公園は、美ら海水族館ができてからさらに人気の場所になりました。水族館内の水槽「黒潮の海」のアクリルパネルは当初、世界一の大きさでしたが、残念ながら2008年アラブ首長国連邦のドバイに出来た水族館にギネス記録を抜かれてしまいました。

 しかし、マンタの繁殖に世界で初めて成功したり、病気で尾びれを失ったイルカふじに人工尾びれを装着するなど、人々に感動を与えてくれる水族館です。シルバーウィーク中も大勢の人でにぎわう事でしょう。


沖縄の「ぜんざい」

 残暑厳しい中、食べたくなるものが「ぜんざい」。そう言うと本土の人は不思議に思うかもしれません。本土で「ぜんざい」といえば、主に小豆を甘く煮て、白玉などを入れた温かい食べ物。一方沖縄では金時豆(または小豆)をシロップや黒糖で煮て、その上にかき氷をたっぷり乗せた冷たい食べ物です。もともとは緑豆を甘く煮て冷やした食べ物で「あまがし」と呼ばれていました。あまがしは今でもスーパーで缶詰やレトルトパックで売られています。最近は観光土産としても人気があるようです。沖縄では有名なぜんざい屋には行列ができるほどポピュラーな食べ物です。北部から南部までぜんざいを食べ歩いて、自分好みのお店を見つけるのも楽しいかもしれません。

 


婚活

「婚活」がブームになっています。多くの人が、理想のパートナーを求めて、お見合いパーティーに参加したり、自分磨きに励んでいるそうです。
日本は晩婚化・未婚化が年々進んでいますが、沖縄の婚姻率は他県と比較して高いそうです。ただし、不名誉な事に離婚率も全国一です。その原因として、経済の脆弱さ(家庭の金銭問題)や離婚しても支えてくれる親や親戚の存在が挙げられるそうです。
たとえ経済的に自立している男女でも、やはり人生を共に歩む伴侶は欲しいもの。
沖縄にも婚活バーが登場し、実際に結婚したカップルもいるといいます。
婚活ブームに乗って結婚を焦るのではなく、出会いを太切にし、信頼できる最適なパートナーを見つける機会にしたいですね。

防災の日

 9月1日は「防災の日」です。1923年9月1日に起きた関東大震災にちなみ、1960年に制定されました。災害に備えた非常食として、パンの缶詰が注目されているそうです。まるで焼きたてのような食感と風味が、災害時でも被災者に喜ばれるように開発されました。沖縄のうるま市で製造されたパンの缶詰を、宇宙飛行士の若田さんがスペースシャトルに持ち込んだ事でも話題になりました。

 沖縄は地震が少なく防災意識は低めかもしれませんが、自然災害はいつ何時起こるかわかりません。もしもの時に備え、防災グッズや避難場所の確認等を普段から行っていれば安心ですね。

 


ひまわり

 夏の花の代名詞ひまわり。ひまわり(向日葵)はその名の通り、太陽の動きにつれてその方向を追うように花が回ります。ひまわりは北アメリカ原産です。紀元前からインディアンの食用に利用されていたようです。16世紀にコロンブスが新大陸を発見した後、インディアンの育てていたひまわりの種をスペイン人が持ち帰り、ヨーロッパに広まりました。日本には17世紀に中国から伝わったそうです。

 沖縄ではサトウキビ畑の休閑期の2月~5月に、土作りのために植えられることがあります。みごとなひまわり畑を楽しんだ後は、土に混ぜ入れられ「緑肥」という肥料になるそうです。また遊休地の活用として植えられる事もあるそうです。


エイサー

 沖縄の夏の風物詩の一つがエイサーです。現在は観光や娯楽イベントとしての要素もありますが、本来は先祖を供養するためにお盆に踊られる行事です。エイサーは旧盆の送り(ウークイ)の夜に行われます。地域の青年団が旗頭を先頭に家々を回り、祖先の霊が無事にあの世(グソー)に戻れる事を祈願し、エイサーを踊ります。このようにして踊りながら練り歩く事を「道ジュネー」といいます。男性は太鼓を持ってダイナミックに、女性は太鼓を持たず琉球舞踊を基本にした優雅な踊りをします。

大きな祭りでは、各地の青年団がその地域伝統の曲と踊りを披露するので、地域ごとの違いを比較するのも楽しみです。


夏バテ

暑い日が続くとどうしても食欲が落ち、体がだるくなってきます。

夏バテを解消するには、汗で失われたビタミン、ミネラルやクエン酸を効率よく摂取するとよいそうです。これらの栄養素を多く含む食材は、ゴーヤー・トマト等の夏野菜、豚肉、大豆食品、うなぎなどです。

また酢や梅干しに含まれるクエン酸は、体の代謝の働きを高め、血液中のにおい成分が早く分解されるため、汗のにおいも抑えられるといいます。

どうしても食欲がないときは野菜ジュースやフルーツ酢、サプリメントで補うのも一手段です。暑いからといって冷たいジュースばかり飲むのは控え、なるべく常温の水や熱いお茶を飲み、猛暑を乗り切りましょう!


ミス・ユニバース

世界一美しい女性を決める「ミス・ユニバース」コンテスト。2006年に沖縄出身の知花くららさんが、世界第2位に輝き、話題になりました。さらに翌年には森理世さんが日本女性としては48年ぶりに1位を獲得しました。

1952年にアメリカで初めて開催されたこのコンテストは、外見の美しさだけでなく、知性や人間性など内面の豊かさも選考基準になるそうです。
毎年世界80カ国以上から代表が集まり、大会期間1ヶ月をかけて選考が行われるというから驚きですね。今年は8月にバハマで開催されるそうです。
これまで最も多くのミス・ユニバースを輩出している国は、7人のアメリカで、次いで5人のプエルトリコ、ベネズエラです。
今年の日本代表にも是非期待したいですね。

730(ナナ・サン・マル)

 730(ナナ・サン・マル)とは、沖縄県において日本への復帰後の6年目に、自動車の対面交通が右側通行から左側通行に変更されたことを指します。

 1978730日、県内全域で一斉に実施された為にこの名があるようです。
戦前の沖縄県は日本国内の他地域と同じく自動車は左側通行でしたが、沖縄戦終了直後の1945624日にアメリカにより右側通行に変更されていました。
 日本本土とは逆の右側通行であるという状況は、1972年の復帰後も6年間続きましたが、ジュネーブ交通条約の「一国一交通制度」による条約遵守の立場から、1978730日をもって県内全域で左側通行に変更されました。
 197872922時より沖縄県全域で自動車の通行が禁止され、8時間後の翌日6時をもって自動車は左側通行となりました。
 切り替えが行われた730日、及びそれからしばらくの間は、不慣れな故のトラブルや事故が相次いだそうです。
 730から31年が経過しました。みなさん、今日も安全運転を心掛け良い一日を!

海の日

「海の日」は、1996年に制定された国民の祝日の1つです。制定当初は7月20日でしたが、祝日法の改正(ハッピーマンデー制度)により2003年から7月の第3月曜日となりました。

国民の祝日に関する法律(祝日法)では「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う」ことを趣旨としています。国土交通省の文書によると「世界の国々の中で『海の日』を国民の祝日としているのは唯一日本だけ」とのことです。
全生命の源である海ですが、近年は地球温暖化による海水温の上昇や、排水・ゴミによる汚染が問題になっています。沖縄でも珊瑚の白化現象が見られます。
私たちの美しい海を将来に残していく為にも、できる事から環境に良い事を実践していきたいですね。

お中元

今年もお中元の季節がやってきました。お中元の由来は中国からです。中国古来の祭りに神に供え物をして身の汚れを清める日である115日の「上元」、715日の「中元」、1215日の「下元」の「三元」があり、その内の「中元」が日本に伝わりました。中元は日本に伝わった後、お盆の行事と混じり合い、715日に仏様に供える供え物を親戚や隣近所に贈る習慣ができたようです。その習慣が、お世話になった人に品物を贈る習慣へと変化し、現在の「お中元」の形になったのは、明治30年代と言われています。「お中元の贈り物に食べものが主流なのは、もともとお盆の供え物を贈りあう習慣だったことの名残り」ということに納得ですね。

 


七夕

7月7日は七夕です。織り姫と彦星が年に一度だけ会えるという大変ロマンチックな日です。

 織り姫と彦星の物語は、いまから2000年前にはすでに中国で成立していた伝説だといわれています。機織りに励んだ天上の織り姫にちなんで、星に技芸の上達を祈る「乞巧奠(きこうでん)」という宮中行事が生まれ、日本へと伝わりました。
こうして77日の行事である七夕は、日本では奈良時代に宮中の行事としてとりおこなわれるようになりました。
江戸時代になると、七夕の行事は民間にも広がります。笹竹に短冊をかざるスタイルもこのころ定着したようです。

今年も子どもから大人まで多くの人が短冊に願いを書くことでしょう。

あなたはどんな願いを短冊に込めますか。

七夕の夜は、満天の星空の元、織り姫と彦星が出逢えるといいですね。

 


父の日 Father's Day

621日は父の日です。

由来は、1909年にアメリカのある夫人が、彼女を男手一つで育ててくれた父を讃えて、教会の牧師にお願いして父の誕生月6月に父の日礼拝をしてもらったことがきっかけと言われています。

日本では1950年代ごろから知られるようになりました。

母の日の花がカーネーションなのに対し、父の日の花はバラ。上記の夫人が、父の日に父親の墓前に白いバラを供えたからとされています。

日頃感謝していてもなかなか伝えられないお父さんへの気持ちですが、今日は、いつも黙々と頑張るお父さんに、「ありがとう」「がんばって」 の気持ちをなんとか伝えたいものですね。

「じんじん」の宴

 

今年も童謡「じんじん」でお馴染みの、ホタルが見られる時期になりました。
ホタルの事を方言の幼児語で「じんじん」と言い、大人は「じんじなー」と呼ぶそうです。
那覇市内の末吉公園では、点滅しながら飛ぶ体長5ミリのクロイワボタルと光を維持しながら飛ぶ体長7ミリのオキナワスジボタルなどが確認できます。
ホタルは光ることで、仲間同士あいさつを交わす。またオスがメスを誘ったり、種類ごとに独特の光シグナルとにおいを発して交信する。高いコミュニケーション能力があるようです。
ホタルの見頃は夜7時半頃から8時過ぎ。
公園の暗闇の中、カエルや虫たちの賑やかな鳴き声とゆっくり舞い踊るように幻想的な光を放つホタルたち。
夏の夜に虫たちが「宴」をひらいているかのようです。
皆様も機会がありましたら、自然が織りなす「宴」を鑑賞してみてはいかがでしょうか。

 


海の恵みに感謝 『那覇ハーリー』

初夏の沖縄で、もっとも活気ある海のお祭『那覇ハーリー』が今年もGW 5/3~5/5の3日間、那覇新港埠頭で開催されます。
 「ハーリー」とは今から約600年前の琉球王朝時代に、中国から伝わったとされる爬竜船(はりゅうせん)競漕で、海の神様に感謝し、漁の安全と豊漁を祈願するものです。


 『那覇ハーリー』は、船体の先に竜頭、船尾に竜尾の彫り物が飾られた大型の爬竜船を使うのが特徴です。漕ぎ手32名、鐘打ち2名、旗持ち他6名と乗組員が42名という、他では見られない珍しいものです。


 メインイベントは、最終日に開催される「本バーリー」。古式ゆかしい「御願(ウガン)バーリー」の後、那覇(濃緑色)、久米(黄色)、泊(黒色)の3つの地域による本バーリーが行われ、その年の覇者が決定されます。
 ふだんは生活に追われて、海からの恩恵に、感謝の気持ちもついつい忘れがちな今日この頃。
潮まじりの海風の中に銅鑼の音が響く「ハーリー」を観戦しつつ、今年も海の恵みに感謝したいと思います。